誰かがやってくれると思わないエンジニア

ここ最近以下のようなことを耳にすることが多くなった。気がする。

  • 日本再生
  • 手取りを増やす
  • 技術者の地位向上

これに対し、いちエンジニア(たぶん)として嬉しいものの、同時に思う事がある。

それは「誰かがやってくれれば、手取りや地位が向上する」という世界線が間違っているのではないか?という事。

例えば、国の政策のおかげで日本の技術力が上がり、手取りが増え、技術者の地位が向上するのは、理想だとは思う。しかし、そんな簡単な世界線なのだろうか?

技術の進歩が著しい中国では、996(朝9時から夜9時まで、週6日働く)という言葉があると聞く。AI向けGPUで急成長している企業の現場も、相当な熱量で仕事に向き合っているという話も耳にする。例えばNVIDIAは、週7日、深夜まで働くらしい(うわさ)。

急激な成長や高い年収の裏側には、必ず何らかの「圧倒的な価値創出」がある。長時間労働が正義とはいわない。ただ、1人当たりの生産性が高まるからこそ、国・企業が成長し、売上が上がり、個人収入が上がる。当たり前の話だと思っている。

誰かが何かをやってくれれば、その地位が向上するという世界線は、理想ではあるものの、結局は個人がどれだけ価値を生み出せるかに帰結するんじゃないのかなと思う。政策や企業の施策は、それを後押しするものでしかない。

何が言いたいかというと、エンジニアは自分の能力を過小評価せず、常に全力で仕事に向き合うべきだと思う。それは本業だけでなく、プライベートでも。学び、考え、試し、市場価値を上げ続けること。それが結果として、手取りや地位につながるのだと思う。

エンジニアという主語の大きい話にしてしまったけど、結局は自分に言い聞かせたいのかもしれない。少なくとも自分は「誰かがやってくれる世界線」には乗らないつもり。

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